大麻繊維の復活

私たちは織物の素材の柔らかさを追求する中で、絹に加えて大麻繊維(ヘンプ)にも注目し、リサーチを行なってきました。古布の研究者で、美術家でもある吉田真一郎氏と協業して取り組んでいます。

元々大麻布は、日本では縄文時代からあるものです。庶民の日常着から、神官の衣服、お祓いの幣(ぬさ)、注連縄(しめなわ)など、神事にまで使われていました。少ない水でよく育つため環境負荷が小さく、抗菌性も高い、非常に優れた繊維です。麻と聞くと硬くザラザラしたイメージもあると思いますが、リサーチを続けるなかで、江戸期の大麻布は、とても白くて柔らかいものであることがわかりました。大麻の繊維は、織り立てのときは硬いのですが、使い込むほどに肌になじみ、どんどん白く柔らかくなっていきます。

ではなぜ、1万年ありつづけてきた大麻布が、今ではほとんど使われていないのでしょうか。最大の理由は産業革命です。日本でも明治になると殖産興業の方針の下、製糸業や織物産業にも工業化の波が押し寄せました。ところが大麻の繊維は短繊維であり、機械紡績をすることができなかったため、工業化の波に乗り遅れてしまいました。

大麻は絹のように糸を長くできるわけではありませんから、長い糸をつくるためには、茎をばらばらにして、2、3mに繋げる必要が出てきます。機械紡績ができれば、ツイストをかけることで長い糸にできるのですが、短繊維であるためにそれができません。すべて手で結んで繋いでいく必要がありました。時代の流れとともに、1万年続いてきた大麻布が失われつつあります。

白く柔らかく、抗菌性がある優れた大麻布を、現代へと復活させたい。その想いで吉田真一郎氏は長年の研究に基づき、ついに機械紡績を実現しました。それが可能になったことによって、大麻糸は織機でも使えるようになり、さらに私たちの製織技術によって汎用性の高い広幅の生地として大麻布が現代に蘇る土台がつくられました。2022年のコレクション「Heritage Nova」は、大麻繊維が西陣織の伝統と出逢った、新しいコレクションとなりました。

勇気ある回帰